株式会社ブランドジャーナリズム | BRAND JOURNALISM

Column

2024年6月21日

大谷翔平選手の打球で壊れた広告を即座に商品化、瞬く間に世界中の話題に。即応力は武器になる──カンヌライオンズ2024レポート

 

ブランドジャーナリズム代表の筆者は現在、南仏・カンヌで毎年6月に開かれる、世界最大級のクリエイティビティの祭典「Cannes Lions International Festival of Creativity」(カンヌライオンズ)を訪れています。

レッドカーペットで知られるカンヌ映画祭と同じ会場で、1954年に劇場広告の祭典として始まりました。広告やメディアの変遷とともに部門も多様化、2011年から「広告祭」の名称がなくなり「カンヌライオンズ」に。71回目となる2024年は、2万6753作品の応募がありました。

大谷翔平選手の打球で壊れたビジョンをキャンペーンに

1日目の6月17日に発表になったアウトドア部門の受賞作の中で印象に残ったのが、米国のビールブランド「COORS」(クアーズ)の取り組みです。

「COORS LIGHT」はアルコール度数が低めでライトな飲み心地が全米で人気のビール。

昨年8月、大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手がメッツ戦で放ったファウルの打球が、球場の電光掲示板のビジョンを直撃し、「COORS LIGHT」の広告が表示されていた画面を一部破壊。ボールが当たった箇所である、ロゴの「C」の字の上の部分の画面がブラックアウトしてしまい、その打球の威力が話題になりました。

その後のCOORSのタイムリーな対応で、世界中のファンが熱狂しました。COORSは大谷選手がそのファールを放ったわずか48時間後に、打球が当たって壊れた部分とまったく同じ場所を黒く塗りつぶした広告をエンゼルスタジアムのスクリーンや屋外に展開したのです。

同様に、壊れた部分が黒く塗られたCOORSの缶を実際に生産し、日本を含む各地で限定発売(発売されたのは缶のみで、ビールは入っていないもの)。キャンペーンはさまざまなメディアで取り上げられ、一夜にして世界的に知られることとなり、缶は24時間以内に完売しました。

その活躍ぶりに、巨額の費用をかけて大谷選手を起用する企業やブランドが相次ぐ中、COORSは大谷選手自身をアサインすることなく、アクシデントの記憶がホットなうちに広告を刷新したことでファンの心をつかみ、大成功をおさめたキャンペーンとなりました。

大谷選手の打球が既存の広告枠を破壊したように、COORSはこれまでの広告のあり方を破壊した革新的なキャンペーンとして、カンヌライオンズでも高く評価されました。

テイラー・スウィフトが「食べていたっぽい」ソースを商品名に

カンヌライオンズ2024では長い時間やコストをかけて緻密に作り込まれた作品が多数表彰された一方で、他にもCOORS同様、タイムリーな対応が奏功したキャンペーンがありました。

ケチャップで有名な米国の食品メーカーのハインツは2019年に発売した、ケチャップとランチドレッシングをミックスした商品「クランチ」の売れ行きが不調で頭を抱えていたそうです。


2023年9月、テイラー・スウィフトとNFLの選手トラヴィス・ケルシーの恋愛が話題になり、ファンは2人の動向を追いかけていました。

その頃、テイラー・スウィフトがケルシーの試合を観戦。その時彼女が食べていたものについて、ファンが「ケチャップと、ランチドレッシングっぽいものをかけたチキンを食べていた」とSNSに投稿。爆発的に広まったその投稿にちなんで、ハインツは24時間以内に新しい名前とラベルをつけてクランチを再リリースしました。その名も「Heinz Ketchup and Seemingly Ranch(ハインツのケチャップとランチドレッシングっぽいソース)」。

Z世代を中心とするテイラー・スウィフトのファンにとってこのソースは即座に必需品となり、ボトルは瞬く間に完売。さまざまなメディアやSNSで話題になり、売上アップにも寄与しました。


1分でも早く伝えたい

ホットトピックやニュースに即座に対応した、時宜を得たキャンペーン。ジャーナリズムとの接点を感じました。

ジャーナリズムでは、ニュースをリリースするうえで、「速報性」「即時性」は欠かせない要素。ファクトベースや読者目線同様、最も重要なことの一つです。

報道においては、ファクトチェックをした上でクイックに記事を世に出していきます。新聞では朝刊・夕刊のタイミングに遅れたら賞味期限切れ。デジタル報道が主流となった今、何時何分のタイムスタンプで記事を出せるかが勝負、という時代になりました。何より、ジャーナリストたちの「1分1秒でも早く伝えたい」というマインドセットが速報競争に響いているのではないかと思います。

今日取材して、最短でその日のうちに原稿を出すというスピード感で動いているのが報道。一方、広告の仕事においては取材先、読者に加え、クライアントや広告会社、取材先・出演者などのステークホルダーがみな納得ずくで世に出していく必要があるため、案件が動き出してから世にリリースされるまで、必然的に時間がかかります。

広告案件については各所の確認や調整を経て、短くてもリリースまで数週間、長くて数ヶ月から半年、大規模なキャンペーンにおいては1年以上かかる場合もあります。

報道と広告ではその役割や目的、制作のプロセスやアウトプットが全く違うものであるというのは前提の上で、報道出身として、時に広告案件のタイムスパンが気がかりなこともあります。世にリリースするまでの間に世界的・社会的・経済的に何か大きなことが起きるのではないか。それにより世間の関心ごとが変わり、今手掛けている仕事のコンテクストがハマらなくなってしまうのではないか、と。


ジャーナリスティックな視点、ジャーナリストの基本動作

とかく情報量が多く、タイムラインやディスプレイの奪い合いが激化する今、社会的関心事にいかにタイムリーに反応してアクションできるか。今回の受賞2作品はそのフットワークやフレキシビリティが企業にとって時に力強い結果を生み出すことがわかります。

実際、ブランドジャーナリズム社として手がけるコンテンツ制作や広報・PRのご支援においても、「当日制作・当日納品」「翌日納品」といったタイムリーな対応が強みになっています。

もちろんタイムリーに反応するだけでなく、その後のクリエイティブ・ジャンプが求められるのは言わずもがなですが、社会や読者の関心に寄り添うジャーナリスティックな視点や、日々速報を出し続けるジャーナリストの基本動作を企業発信やアクションに実装することで、新境地が開かれるかもしれない。カンヌの地でそう感じています。

 

文=林亜季 写真=カンヌライオンズ提供

Staff

Edit by : 林 亜季

Contact

contact@brandjournalism.jp