青鉛筆で塗りつぶされた本が、 世界最大級のクリエイティブの祭典でグランプリをとった理由。
デザイン部門でグランプリをとったThe Portuguese (Re)Constitution’
毎年6月、フランスのカンヌで開催される世界最大級のクリエイティビティフェスティバル、カンヌライオンズ。
2020年から世界を覆い始めたコロナ禍の影響で、現地で贈賞式やセミナーなどが行われるのは実に3年ぶりだ。筆者はビジュアルエディターとして、現地取材を行った。
デザイン部門の受賞作を中心に、作品のエッセンスをご紹介したい。
世界中のクリエーターが注目するカンヌライオンズのデザイン部門でグランプリを獲ったのは、青鉛筆で文章が塗り潰され、その上にイラストが描かれた1冊の本。
なぜこの本が世界で評価されたのか?
青鉛筆が象徴していたものとは
第二次世界大戦の前後、ポルトガルでは40年以上の間ファシスト独裁政権が続き、何千人もの人々が拷問され殺害された。当時の芸術家も検閲により表現の自由を奪われたといい、その際に使用された青鉛筆は、ポルトガル人にとって抑圧の象徴になった。
ファシスト政権下での検閲(カンヌライオンズエントリー動画からのキャプチャを使用)
そんな40年以上も続いたファシスト政権を終わらせたのが1974年の「カーネーション革命」。革命を喜んだ市民が、革命軍の兵士にカーネーションを渡し、彼らがそれを銃口に挿したことでそう呼ばれている。
それから約50年を経て、ロンドンに本拠を置くイギリスの出版社ペンギンブックスはポルトガルの詩人やイラストレーターなどアーティストたちに、かつて検閲に使われた青鉛筆を提供した。アーティストたちは、その青鉛筆とブラックアウト・ポエトリー※という手法を用いて、ファシスト憲法の一部を塗りつぶし、残った文字で詩を作り、青く塗りつぶされた部分からアートワークを制作した。「diversidade(多様性)」や「independent(独立した)」など、自由や民主主義を象徴する単語が残され、銃口にカーネーションが刺さったイラストや、選挙で投票をする人のイラストなどが青鉛筆で鮮やかに描かれた。
こうして抑圧の象徴であった当時の憲法と青鉛筆は、自由を賞賛する詩とアートの本に生まれ変わったのだ。
※ブラックアウト・ポエトリー:一部の単語を残して元の文章を塗りつぶし、新たな詩を浮かび上がらせる手法
デザインの力、デザインの定義とは
この本は、政治犯が収監された刑務所を改装したアルジュべ政治歴史博物館の永久コレクションに加えられた。さらにポルトガルの学校では、芸術を通して革命の歴史を教えるために、この本が使われるようになった。
ポルトガルの学校で歴史を学ぶ資料として使われている(カンヌライオンズエントリーペーパーから使用)
この受賞に関して、デザイン部門の審査委員長を務めるリサ・スミス氏(クリエイティブエージェンシー「ノウルズ・ジョーンズ・リッチー」のクリエイティブ・ディレクター)は、「自由という概念をめぐるアイデアと、青い鉛筆を使ったシンプルな実行力、これこそが私たちが語るデザインの力です」と語っている。
一方で、多様な表現の作品がある中、印刷物の作品にデザイン部門のグランプリを贈賞することには議論もあったという。
スミス氏は、「印刷物と、技術やイノベーションを伴う他の強力なキャンペーンを比較検討しなければならなかったため、決定自体は簡単ではありませんでした」とも語っていた。
また、デザイン部門の審査員を務めた関戸貴美子氏(電通)も「デザイン部門はこれまでパッケージデザインやプロダクトデザインなど細かく分けられていましたが、部門が統合されて審査が難しくなりました。審査会では、デザインの定義から議論される場面もありました」と話していた。
難しい審査の中で、グランプリに値した理由についてスミス氏は「アイデアと実行力、インパクトはもちろんですが、この本は学校の中で活用され、教育の一部になりました。再生回数やメディア掲載に換算した費用ではなく、この本がポルトガルの人々や文化に、将来にわたって長期的な影響を与えるかどうかが重要でした」と高く評価した。
プレゼンテーション動画の最後にはこうある。
“A nation without memory is a nation without history, and a nation without history is doomed to commit The same mistakes as in the past.”
“記憶のない国は歴史のない国だ” “歴史のない国は過去と同じ過ちを犯す運命にある”
世界では今も戦争が起きている。人々の自由が奪われている。また歴史を繰り返すのか。自由が問われる時代に、自由の意味をいま一度考えようと呼びかける。
過去を残し、未来に繋げていくという、出版物や出版社の役割を訴えたこともこの本が評価された大きな理由の1つではないだろうか。
Staff
Text by : 髙田 尚弥