SNS上の「規制」をデザインの力で突破する。 世界の広告賞を受賞したチョコレートブランドの戦略。
カンヌライオンズのデザイン部門でシルバーを受賞したル・ショコラ・デ・フランセの The Very Spicy Campaign
世界最大級の国際クリエイティビティ・フェスティバルのカンヌライオンズ。毎年6月下旬に南フランスのカンヌで催されている。パンデミックの影響で、2020年と2021年は現地での開催は無し。今年は3年ぶりの現地開催となった。世界最高峰のクリエイティブに触れるため、南フランスへと取材に向かった。
偶然出会ったチョコレートのパッケージ
私は今回が初のカンヌ、初のフランスということもあり、取材の合間にフランス土産を探していた。同行していた同僚に相談したところ、フランスの有名なデパート「ギャラリー・ラファイエット」はどうかとアドバイスをもらった。行ってみると、ヨーロッパの空気感を感じるには十分なアイテムが揃っていた。お菓子売り場で、個性的なイラストを使ったお洒落なチョコレートがあり、気に入って数点購入した。
デパートで気に入って購入したチョコレート
翌日、カンヌライオンズの会場で受賞作品を見ていたのだが、なんと昨日デパートで購入したチョコレートブランドがデザイン部門でシルバーを受賞していたのだ。異国の地でたまたま購入したブランドとの偶然の再会に、思わずテンションが上がった。
表彰式がおこなわれる会場の様子
ル・ショコラ・デ・フランセというフランスのチョコレートブランドで、美術学校で出会ったチョコレート好きの男性3人が立ち上げたそうだ。フランス中のアーティストたちと共に手掛けているパッケージデザインは大人気で、 パリではパッケージを収集しているコレクターもいるほどらしい。
そんなル・ショコラ・デ・フランセだが、今回受賞していたキャンペーンのビジュアルが一つがこの画像。
カンヌライオンズのデザイン部門でシルバーを受賞した The Very Spicy Campaignのビジュアル
ポップで可愛らしいイラストだが、何だか憂鬱そうなカップルの表情。よく見ると中央のフルーツは男性器や女性の胸などを想起させるイラストになっている。
バレンタインデーのキャンペーンとして作られたビジュアルなのだが、なぜこの作品は世界的な広告賞を取ることができたのだろうか?
実際に公表されている本作の受賞理由と、私が個人的に響いた2つの点について、記したい。
【受賞理由】プラットフォーマーを欺くSNS対策
ル・ショコラ・デ・フランセは、バレンタインデーを祝わなくなったカップルや、ときめきを失ったカップルのためのスパイスになることを目的として、ナチュラルな媚薬としても使われる生姜を使ってバレンタイン用のチョコレートを作った。そのため今回のキャンペーンでは、パッケージを楽しく、カラフルで、何よりもセクシーにしたいと考えていたという。
しかし、ブランドがバレンタインデーのために大胆なパッケージを制作するたびに、 InstagramやFacebookなどのプラットフォーマーは、その運営ポリシーに対してセクシーすぎると見なし、投稿を停止させていた。これにより、チョコレートのオンライン販売が伸びないという課題があった。
「検閲」に引っかかることなく、ソーシャルネットワーク上でセクシーなパッケージを宣伝するにはどうすればよいか?
そこで、ル・ショコラ・デ・フランセはカップルの憂鬱な日常の表現と、性を想起させるモチーフが曖昧に見えるように組み合わせたイラストを5つの異なるビジュアルで作成した。
AIではなく、人間の目だけがその曖昧なイメージを見分けられるようなイラストのため、投稿は止められずにオンライン上に残る結果となったのだ。
SNSの規制に対する表現の追求から生まれた面白いアイデアで、評価されるのも頷ける。AIには認識できない曖昧さ、それを見分けることのできる人間に向けた、人間ならではのアプローチだ。
【考察①】多様なカップルのあり方をセレブレイトする
作品のコンセプト説明には記載されていなかったが、5つのイラストを見ると男女のカップルだけではなく、ゲイやレズビアンなどを思わせる様々なセクシャリティのカップルが描かれ、多様な性のあり方をポップなイラストで親しみやすく表現している。
これまでのカンヌライオンズでは、LGBTQに対するメッセージやポジティブな取り組み自体が評価されることもあった。しかし、今回の作品はあえてコンセプト説明でその点には触れていないところが、多様な性のあり方を描くことが世界のスタンダードになってきていることを感じさせる。
退屈そうにお互いスマホに向き合う男女。間にはカクテルグラスを持ったウェイター。
ベットタイムをそれぞれに過ごす男女。間には部屋を照らすロウソク。
つまらなさそうにパズルをする男性2人。窓の外の光景にパッケージがマージされている。
退屈そうにテレビをみる女性2人。間には薔薇が飾ってある。
【考察②】ブランドの軸である高いデザインクオリティ
広告表現の規制のかわし方や、多様なカップルのあり方をスタンダードに取り入れた表現も素敵だが、やはり誰かにプレゼントしたいと思わせるクオリティの高いイラストのデザインが素晴らしい。
甘すぎず、固すぎず、幅広い層に受け入れられるトーン。その個性的なイラストが活きるように、パッケージ全面を大胆に使っている。さりげなくトリコロールカラーもあしらわれており、フランスのブランドらしさも伝わってくる。
圧倒的なビジュアルへのこだわり、クオリティは、ブランドの軸として既に広く認知されているが、今回のキャンペーンのアイデアを際立たせている点も、受賞に繋がった大きな要因だろう。言語のわからない日本人でも、見た目だけで購入してしまうビジュアルのパワーは世界共通だ。
改めて今回の受賞作のパッケージを見てみる。カップルの表情は本当に退屈そうだが、このバレンタインのキャンペーンで販売されたチョコレートはすぐに売り切れになり、SNSでも大いに話題になった。
それは同時に、日常に慣れてしまったカップルの会話のきっかけにもなり、二人の表情を変えたのではないだろうか。まさに、バレンタインという甘いひとときを過ごすための、効果的なスパイスになったキャンペーンになったのだと思う。
Staff
Text by : 髙田 尚弥